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☆学びの場における『記憶の広場』の大事さについて、

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☆学びの場における『記憶の広場』の大事さについて、

 

 さて、私にはこの『記憶の広場』に関して、60歳半ばになる今でさえも忘れられ

 

ない遠い昔の出来事があるのでした。

 

 小学5年生の時と記憶しておりますが、社会科のテストで、「下の①と②の○○を

 

答えなさい」という設問があったのです。

 

 ①、縄目の文様の入った土器が作られたのは○○時代という。 

 

 ②、稲作が行われた始めたのは○○時代という。

 

 というものです。①の答えはすぐに出ました。縄目の文様と縄文時代が容易に結び

 

つくからですね。でも、②が答えられなかったのです。いいえ、教科書を読んでます

 

し授業中にも先生より聞かされているから不都合なく出来るはずなのでした。です

 

が、それが時間内に頭に浮かんでこないのですから仕方ありません、②は無回答のま

 

まの提出となってしまったのでした。今思えば”見たまんま、聞いたまんま”になっ

 

ていたのですね。それ故に、稲作と「弥生」の言葉が連動していなかったのです、頭

 

の中ではですね。

 

 ②について合点がいったのは、ズーッと後のことです。初期の頃の稲作りの形跡

 

が、東京文京区の弥生町で発見されたことに因んでいると国語辞典の項目で偶然知っ

 

たのはすっかり成人してからだったのです。私の小学生の時分には学習参考書はもち

 

ろんのこと「辞書」でさえもそうそうは見かけませんのでした。

 

 〔そしてまた明治時代、弥生町一帯に東京大学を建設する際の工事現場で発見され

 

たのだと実地に確認したのは、妻を連れて都内の散策をしていたときですから、40

 

歳をとっくに過ぎていたころなのでした〕

 

 上記の経験は、記憶とはなんぞやと考えるようになった昨今の私に大きな示唆をく

 

れるのです。私たち人間の記憶機能には『概念についての記憶』がないものは脳裏に

 

とどまりにくいものなのだ、とですね。テストの件で言えば、私の頭の中で”弥生と

 

いう言葉の持つ概念”が『記憶の広場』として生育していなかったから「稲作」の言

 

葉とつながらなかったのです。つまり、「弥生」に連なる『記憶の広場』が出来てい

 

なかったから「稲作」が私の頭の中に入ってこなかったのですね。「稲作」という言

 

葉を目で見ても耳で聞いても頭の中で響かなかったのでした。今の私が言う”見ただ

 

け、聞いただけ”になっていたのですね。

 

 もちろんこれでは、心の中で”アーそうなのか”という感動が起こるはずがなかっ

 

たからなのです。

 

 今日のまとめは、

 

 《心に響かないものは記憶に残らないのです》

 

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