円周率世界記録を達成した原口證が、自らの人生経験から得た教訓やコツについて、書き綴るページです。

☆『記憶の広場』については学問の場でも同じことが言えます。

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☆『記憶の広場』については学問の場でも同じことが言えます。

 

 さて、『記憶の広場』の方が疎かになってしまいましたので話を戻します。

 

 学力が身に付かないという場合は、その広場が出来ていない状態になっているとい

 

うことになります。

 

 例えば、「数学」や「理系の学問」での学力が一般的に低いとされているのは、こ

 

の辺の事情が大きく絡んでいるからなのです。「理系」は”心身で感得する”という

 

情況が作られにくい部門とされているからなのですね。もちろん本来そうではないの

 

ですが。

 

 これを次いで以下に述べますのは、当然の事柄です。がしかし、その割には以外に

 

世間で認識されていないようです。それで、あえて私が語調を強めて主張いたしまし

 

ょう、大事なことですので。

 

 「数学」が弱いといわれる子供は例えば、小学校で習う「足し算、引き算」が中学

 

校に上がったとたんに「加法、減法」に呼称が変わらなければならない意味合いをし

 

っかりと捉えられていない場合がほとんどです。その認識が雑(にされているので

 

す)だった際には、そのまま「数学嫌い」に陥ってしまうのです。

 

 なぜならば、「加減乗除」の概念が「足し算、引き算」の延長程度のままだった場

 

合(明確な導きが無かったとなると子供にとってはどちらも同じ「数の世界」と思い

 

込みます。何故って、どちらの科目名も「数」の字が入っているのですからね、「数

 

学」は「算数」のお兄さん程度にしか感じられないのです、しっかりとした説明がな

 

ければですね)は、これから様々に分化しながら展開していく「数学の世界」への意

 

識が芽生えないからですね。意識が出来なければ『記憶の広場』も出来ようがないの

 

です、絶対に。

 

 あの哲学者「パスカル」が夢中になったと言われる図形の証明問題の面白さが何故

 

に、一般の子供に現われないのでしょう。そんなに面白ければ誰にだって感じられる

 

はずです、程度の差があっても。

 

 また、偉大な数学者「ガウス」のレベルが普通の我々に求めえなくとも、その雛形

 

ぐらいはあるはずです。同じ頭脳を持っているのですものね、誰だって。

 

 言わずもがなのことですが、”生活空間的な算数と学問的世界の数学との違い”は

 

「あいうえお」と「abc」ほどの違いがあるものです。どちらも「数」を扱ってい

 

る分野ではありますがしかし、相通ずる範囲は非常に狭いのですからね。

 

 言い換えます。「算数」は数に関する算段道具なのですから生活用語であり、数論

 

を展開していく学術用語としての「数学」とは別物なのですね。

 

 小学生は「児童」だが、中学生は「生徒」と呼ばれるのは学びのレベルが大きく違

 

うためなのだと、しっかり認識されれば解決することです。”生徒;学問の世界で生

 

きるもの”なのですからね。

 

 この辺の事情を自ら自覚する子供なんてほとんどおりませんでしょう。思考する足

 

場がないのですからね、13歳程度の子供には。従って、教え諭すべき大人が必要な

 

のです。

 

 〔ちなみに私は「児童」から「生徒」に変わった成長を誇らしく感じられたことが

 

今思い出されてますが、それ以上の自覚は生じませんでしたものです〕

 

 よろしいですね、ここが大事な分岐点の一つです。「数学」嫌いになるか、そうは

 

ならないかの。勿論このことは「数学」に限るものではありませんですが。

 

 今日のまとめは、

 

 《「算数」は生活用語であり”算術”です。「数学」は学問用語で”数術”ですか

 

ら別物です》

 

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