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☆『小倉百人一首』・その105

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☆『小倉百人一首』・その105

 

 98番目は、従二位家隆(じゅにいいえたか)さんの作です。定家さんと同じで

 

「かりゅう」と呼ぶのが歌詠みたちの慣わしだそうです。

 

 京都の上加茂神社の風景を詠んだものです。神社の脇には一本の清らかな川があ

 

り、晩夏のころの夕暮れ時分には参詣の人々で賑わうそうです。「みそぎ(禊)の儀

 

式」として、その流れの水に頼って我が身についた罪や穢れを洗い清める風習がある

 

のですね。

 

 また、境内にはかつて「奈良社」と呼ばれるやしろがあったのですね。傍らには楢

 

の木が立っていて吹き行く風に楢葉がそよいでいるのですが、その葉が一片(ひら)

 

二片と川面に落ちては流れ去るのでした。そんな風情に秋の到来を感じたのですね。

 

 そうです、チラッと秋の気配を感じたのですが、どっこい夏恒例の禊の儀式が行わ

 

れているのですから、やっぱりまだ夏なのだった、というわけです。季節の境目は先

 

発隊も行きつ戻りつためらいつつの漸進なのでした。

 

 また、楢と奈良とが掛けられているから「なら」とひらがな書きなのですね。

 

 風そよぐ

 

 ならの小川の

 

 夕暮は

 

 みそぎぞ夏の

 

 しるしなりける

 

 解説です。

 

 「木陰の中を風がそよぎこんで来るね。お、楢葉がはらはらと落ちたとたんに川の

 

流れの道連れだよ。枯葉の川流れが始まったようだ、どうやら秋が来たんだね。とは

 

思ったがだ、流れのかなたで水垢離している人々の群れがある。そうか、あれは夏恒

 

例の禊の儀式だから、やっぱりまだ夏だったんだね」暦ではね、夏だったんだ。

 

 順番とイメージです。

 

 ”98=苦は、下流〔家隆をもじって〕 風そよぐ…”、夏だったんだよ、暦で

 

は。でもだ、寒空の下で春は芽生えるのだし、春たけなわの頃には夏の暑さがうごめ

 

きし出すのだ。それだからだ、今は夏なのだからとて、秋気の先駆けそよ風さんが楢

 

葉落しを遠慮はすまいさ。ねー歌詠みのあなた。………と、区切りは付けてみたけれ

 

どだ、秋だったんだよ、暦では。現代の世は秋なのに、いまだに続く熱帯日。なぜに

 

暑さがきついのか、問うてみたとて無駄なこと、いっそ本土も亜熱帯と、見定め気付

 

く沖縄の、暑さの程を思い知る。思えば冬の雪かさも、昔の頃とは様変わり、そうか

 

やっぱり常無いこの世、ならばあの世はいかならん、早く見たいと思う気が、し出せ

 

ばそれが老境の、証拠なるやと酒に問う。

 

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