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☆『「般若心経」を暗記しましょう・その69』

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☆『「般若心経」を暗記しましょう・その69』

 

 私はまた、『その45』で、

 

 〔もっとも、「般若心経」はその「無」さえ”「無」として捉えろよ”と言ってい

 

るのでしたね。この「無も無」なのだという考え方についても、いずれ皆さんに理解

 

していただける論述を試みてみます〕、と述べました。

 

 これは、具体的には「心経」の中ほどに「無無明 亦無無明尽」とあるのを指して

 

言っていますのです。ここでの意味は「知恵がないということもなく、また知恵がな

 

いのが尽きるということもない」〔原口流の意訳では、「無知を云々することも無用

 

だし、無知者をなくすということも無用なのだ」となります〕

 

 これについては以下のことで直ぐ理解していただけましょう。

 

 例えば、「不器用」という言葉がありますが、これは「器用」の一部を担っていま

 

す。不器用者は手際が悪く、テキパキと処理することは出来ませんが、しかし捌ける

 

ことは間違いなく出来るのですからね。従って「器用の部類」に入るのです。

 

 これと同じように、「無明」とは”知恵が高くはない”というだけのことであっ

 

て、丸っきり知恵がないことを意味してはいないのですよ。その同じ意味合いから、

 

厳密に言うなら「無」も「有の部類」ということになりますのです。

 

 ですからね、つまり「無……」だけでは否定が中途半端になってしまうので「無無

 

明 亦無無明尽」として、「空」を分かりやすく表現したのでしょう。

 

 更に述べますが、「心経」の深意である「空」の思想は、「無も無」とすることで

 

完成するのですね。上記した事柄から、「無」だけでは「有」の部類であることを含

 

んだものになってしまいますのです。ですので、”無を語ることも無”と言うので

 

す、”無を論ずることも無”とも言っているのですね。

 

 まだまだ意を尽くしていないので更に説明を加えます。

 

 例えば、「無人」という場合は人の否定ではありません。限定されたある場に人間

 

がいないことを意味しているのであって、人類と言う意味での人間の存在を否定して

 

いるのではないのですね。

 

 同じように、「無効力」は効力がない、というだけのことで、効力と言うものの概

 

念を否定しているのではないのです。

 

 そんなわけですので従って、「無」を更に否定しなければ「空」の思想は完成しな

 

いのでした。

 

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