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☆『「般若心経」を暗記しましょう・その44』

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☆『「般若心経」を暗記しましょう・その44』

 

 昨日に続けます。

 

 私や読者の皆さんが、それぞれに感得する「喜怒哀楽」など、当人以外の誰にとっ

 

ても「無」なのですね(もちろん哀苦の中にいる人を案ずる身内の人々の思いは別で

 

すよ。ここでは、厳密な意味で言っています)。

 

 しかしですね、それでもですね、日々の私たちは嬉しいし、悲しいし、楽しんでい

 

るし、怒ることも多いのですよ私たちは。この世が浮世であっても、直ぐに消え去る

 

朝露のように儚い日常であっても、はたまた「邯鄲の夢」のような一生ではあっても

 

です、日々の喜怒哀楽には実感が伴うのですね。

 

 実体が「空」と理解できていてもですよ、その一方では喜怒哀楽を感じていること

 

は確かなのです。

 

 私にとっても、そして他の誰にであっても各々にとっての喜怒哀楽は「現実の事」

 

なのですね。皆、生きているのですもの。

 

 つまり要は、私たちは「生存している」ということです。

 

 生きていて、日々に苦しんだり、喜んだり、泣いたり、笑ったりの日々を持ってい

 

るのです。喜怒哀楽の感情を持っている生身の人間なのですね。これを「空だ、無な

 

のだ」と否定する論にはムリがあります。それこそ「無理」なのです。

 

 〔と、ここまで論じてきてハッタと気づくのでした。あーそうか、「空」とは、上

 

記した事柄を越えた更なる先のことを言っているのか、とですね。あの「羯諦……」

 

が人々に明るく熱情的に呼びかけてはいるが、その実は宇宙空間の寂静に通じるよう

 

な深遠なものが潜んでいるのかもしれない、とです。明るい呼びかけは間口を広くし

 

た漏斗(ろうと)の意味を持っているのかもしれませんね、私たち凡人にも入りやす

 

くするためにです〕

 

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