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☆『「般若心経」を暗記しましょう・その41』

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☆『「般若心経」を暗記しましょう・その41』

 

 昨日は、言わずもがなのことを綴ってしまいました。十分に精査した言葉を持って

 

いない時点で安易に、”生命の有りように、高邁(こうまい)な理念は必要ない、極

 

めて日常的な食事の仕様を考えるようなものであって良いのだ”などと述べましたこ

 

とには、きっと大きな違和感を感じられた方々も多かろう、と反省しております。

 

 ですが勿論、基本的な思いに変化はありませんので、この件に関して、いずれは確

 

りとした考え方を提示することにいたしましょう。

 

 さて、「般若心経」のことに戻ります。

 

 ここで、「0」と「空」についての私の論述を思い出していただきましょう。

 

 「0」は実数と虚数の概念の元に見出されたものでしたね。同じく、「空」は有と

 

無を考究していった結果、認識され得るものです。

 

 同様の論理で、人生を「刹那的なもの」と「永劫なるもの」との両方を考察するこ

 

とで「般若心経」の真意が見えてくるのではないかと考えられるのです。

 

 何故なら前回にも言ったように「般若心経」は、人間の持つ感性も周囲を取り巻く

 

諸事象も「空だ、無なのだ」と否定し去った果てに、「羯諦……」と、人々を欣喜雀

 

躍するような誘いの言葉で締め切っているのです。「無」を論述した後に、「有」を

 

持ち出しているように思えるのですね。

 

 つまり「般若心経」とは、この世の「空・無」を唱えながら、その実は人生の意義

 

の「有」を主張したものではないかと思われてくるのです。

 

 つまりこれは、「無」を認識させることで「空」の理(ことわり)を理解させ、そ

 

の上で確りとした人生の「有」を人々に把握させてやろうではないか、との思惑が配

 

慮されたお経だったのではないでしょうか。人生を「満喫」させようと意図したもの

 

なのかもしれませんのですね。

 

 きっと、そうなのです。人生道への積極的な誘(いざな)いだったのではないかと

 

思えてならないのですよ。

 

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