円周率世界記録を達成した原口證が、自らの人生経験から得た教訓やコツについて、書き綴るページです。

☆『こうすれば過去へのこだわりから解放されます』

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☆『こうすれば過去へのこだわりから解放されます』

 

 私たちは、生きております。生きているので明日が来ます。

 

 成長を本質とする私たちですから、明日の我が身は今日とは違う自分を望んでおり

 

ます。ですから、明日の我が身を「今日より良い状態」にするよう我が心神が、今日

 

の一日で培った経験を思案の糧にするべく成長機構での思考回路が働きだします。

 

 つまり、「経験する」ということは、明日から後の未来で、より良き存在たらしめ

 

ようとするための原資にすぎないのです。

 

 従って、心の中で勘案すべき本筋は未来である明日以降への対処法です。昨日まで

 

の過去の出来事とは、その対処法を模索する一材料に過ぎません。今日味わった食べ

 

物よりも良い味になるべしと明日の食事に供する材料のようなものなのですよ。

 

 過去は去っていくものですが、未来は近づいてくるものです。過去が未来より重要

 

であるわけがないのですからね。過去に心を囚われていたのでは、折角の大事な未来

 

で得られたはずの「健康で幸せな喜び」が味わえなくなってしまうのです。それは

 

生命あるものの本来的なあり方とは逸脱することになるのです。

 

 人間に与えられている人生の本質は「幸せです、福です、喜びです、楽しさです、

 

嬉しさです」、そうしてそれ等の全てを味わい得た後に感じられる「生命あることのあ

 

りがたさ」なのです。

 

 このことを確りと我が物にするためには、「今、生きてここに在るこの一瞬」を見

 

据えることです。そうしたなら、その直後からでも、我が身の未来へと踏み出す一歩

 

のありがたさが、かみ締められるようになってくるものです。

 

 さすれば、過去はいつまでも寄り付いてはきませんでしょう。

 

 蛇足ながら付け加えます。過去の出来事をくよくよと悔い悩んでいる場合には、そ

 

の時点で心の成長がストップした状態になっております。上記しました「今日より良

 

く」の思考が働いていないのですからね、当然のこと成長していないのです。

 

 常に心と精神の成長をしている人なら、ステップアップの階段や踊り場で経験した

 

気苦労なんぞは殆ど思い出さないものです。どんどんと高みに上っているのですから

 

ね、その高み高みでの眺めをのみ楽しむ心境になってくるからです。

 

 上記しました趣旨(一般的に受け入れやすい感性での発想を述べておきました)と

 

は少々異にした私ならではの弁を最後に言い添えておきましょう。

 

 「過去の経験に囚われる」ということの意味は、「この経験があなたの人生上で極

 

めて重要な価値を持っているのだから、十分に吟味しておく必要があるのだが、それ

 

にしては確りとした総括がなされていないようだね。このままズルズルと中途半端な

 

暮らしを続けては、いつまで経っても心神の成長は見込めまい。それなら、ちょっと

 

した心理上のブレーキを掛けておくことにしようとするか。ムム、良いか汝(なん

 

じ)よ、ここが思案のしどころぞ」とする阿弥陀仏のお心配りが為された結果のこと

 

なのです。

 

 要は、「過去の出来事にこだわる」状態が悪いことなのではなく、その経験の意義

 

を心と精神で確りと消化していない状態が懸念されるだけなのですよ。それだけのこ

 

となのです。

 

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