円周率世界記録を達成した原口證が、自らの人生経験から得た教訓やコツについて、書き綴るページです。

☆『宇宙の真理は人間に”幸福”を約束しています。もちろん”健康”もです』

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☆『宇宙の真理は人間に”幸福”を約束しています。もちろん”健康”もです』

 

 私たち人間の身体の中には阿弥陀仏が代表する大いなる宇宙の真理が詰まっている

 

のです。

 

 そんな身体を持っている私たちが健康で楽しく豊かな人生を送れないはずがないの

 

です。そのようにならない訳がありませんのです。人生の本質は”幸福”なのですか

 

らね。

 

 では、何故にそうならないのでしょうか。

 

 それはですね、あなた自身が、そのようなことを、微塵も思ってないからです。

 

 いいえ、そのように思わないどころではないのです。むしろ、「私は病気だ、不幸

 

だ、惨めな人間なのだから、煉獄地獄がよく似合うのだ」とばかりに、悟りきったつ

 

もりのしたり顔をして自ら不幸を選んでいるのです。

 

 「人生はにがいばかりの苦界だよ」などとて、諦観した人間を気取っているのです

 

よ。或いは、達観できた人物を気取って悟り済ましているのですね。気障(きざ)な

 

のです。

 

 気障な人というものは、”不幸でいること”を自慢げにしています。このような人

 

は常に”自然体”でいることを標榜するものだからです。それが格好いいものと思い

 

込んでいるのですね。無為に過ごすことそのものが「自然体でいること」と勘違いし

 

ているのです。

 

 昔は、”無頼派”と呼ばれ、無鉄砲な生き方をしていた文士が結構いたものでし

 

た。身体を壊しながら、尚もハチャメチャな日々を送っていたものです。心底から気

 

遣う妻子を邪険に扱って病の身体をいたわるようなことはしなかったのです。

 

 文学に身を投じる人には、うつ病や神経症をわずらっている人が以外に多いもので

 

す。誤った思考がもたらす独りよがりがそうさせるのですね。

 

 文士ではなくても、一般的には純粋な心を持っている人ほど、自分の”運命”とや

 

らを淡々と受け入れがちです。このような方々は、伝統的な社会的発想を疑いもしな

 

いものですから、運命とは自分の心が作り出しているものであることに気づかないの

 

です。

 

 従って、うつ病の苦しみも我が身の運命と捉え、「自分ではどうにもできない仕方

 

ないこと」として、他人である医師に阿弥陀仏の代理人たる己が身体の仕置きを委ね

 

きってしまって省みなくなってしまうのです。

 

 これには何とも、なんとも残念でなりません。もったい無さ過ぎます。貴重な貴重

 

な阿弥陀仏の代理店である”個”が大宇宙の塵と化してしまって、その生きて存在し

 

た価値と痕跡を自ら埋没させてしまうことになるのに気づかないのです。残念です。

 

無念です。無念至極です。

 

 このことは極めて大事ですので強調しておきます。

 

 本当に”自然体”でいるならば、健康や幸福を希求するものです。それが人間の本

 

質なのですからね、「今より良い状況」を望んで日々の向上を求めることこそが”自

 

然体で生きる”ということなのです。

 

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