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☆ ”品格”を身に備えるにはどうしたら良いかとお悩みの方へ!その17。

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☆ ”品格”を身に備えるにはどうしたら良いかとお悩みの方へ!その17。

 

・『君子は交わり絶ゆとも悪声を出(い)ださず』

 

 君子というものは付き合いが途絶えた後でも相手のことを悪く言うことは無い、と

 

いうことです。

 

 私事を語るのはなるべく控えたいのですが、分かりやすい説明が出来るので、恐縮

 

しつつ述べましょう。

 

 私は、自分のほうから行き来を絶つようなことはほとんどありませんので、遠ざか

 

り近づかざる人は、そうせざる事情や不都合があってのことだと捉えております。た

 

とえば、私に悪感情を抱いたがために疎遠になったとしてもそれは誤解が生じてのこ

 

とであり、またその誤解とて物事の状況判断を適切に出来るか否かの相手側の心の中

 

に起因するのです。その心の考察能力に問題があるからなのであり、或いはまた不都

 

合があるからなのであって、私の側の問題では決して無いのです。従って私の心の中

 

を自ら乱さなければならない事柄がないことになります。

 

 つまり、非は相手側にあるのですから、私の方には反省しなければならない事柄が

 

ないのです。それならばこそ、私の心に相手を悪く言う言葉が発生しにくいのです。

 

反省しなければならない事柄がないのですから、当然にそうなります。

 

 但し、離れ去らざるを得ないその相手の将来を危惧する思いで私の心は少々ながら

 

も痛みます。常々あらゆる人々に虚心坦懐な”心質(心の質、という意味で用いる私

 

の造語です)”で以って接していたいもの、と考えている私の心がちょっぴり悔やむ

 

のです。それも止むなし、と思いながらも、相手に済まぬとて詫びる気持ちが生じる

 

のです。

 

 このことは次のたとえ話で理解していただけるでしょう。

 

 人間は誰しも親切心を持っているものですが、私もそういう意味では一本の小さな

 

立ち木のようなものです。食べ物に飢えて近寄る虫には葉を食べさせて、疲れた旅人

 

には一休みのための木陰を提供するのです。目下の飢えをしのげることが出来た虫

 

は、私の葉っぱよりもっと美味しい食べ物を求めて立ち去りますし、元気を少々取り

 

戻した旅人は僅かながらも目標に向かって新たな一歩を踏み出すのです。その後に残

 

された立ち木は去り行く者に幸いあれかし、とて祈るしかありません。心の中では、

 

もっと大きな樹であったなら滋養一杯の葉を食べさせることが出来ただろうし、広い

 

木陰がもたらす癒しで更なる旅への力強い脚力を養ってやれただろうに、とちょっぴ

 

り心残りの思いで見送るのです。

 

 つまり、去り行く者は私の人間力に限界を感じて去っていくのですから、詫びの思

 

いで見送るしかありません。それ故に、相手への悪口や冒涜(ぼうとく)の言葉が私

 

の心に生じることはあり得ようがないのです。

 

原口風君子論

 

 『悪口暴言罵詈雑言(あくこうぼうげんばりぞうごん)発しせざるはこれ君子な

 

り』

 

 

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