円周率世界記録を達成した原口證が、自らの人生経験から得た教訓やコツについて、書き綴るページです。

☆ 「『病気を治ろうよ』のシリーズを再進行するに当たって」、その3。

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☆ 「『病気を治ろうよ』のシリーズを再進行するに当たって」、その3。

 

 でも、いつまでも迷っていてはどうにもなりません。私は誤解を恐れて前に進まな

 

いのを好みませんし、それを潔しとはしませんので、話を展開して行くことにいたし

 

ます。でもそうはしますが、ついつい説明勝ちになる状況を前もってご了承いただき

 

ます。かつて述べましたように、そうでなくても私の論調は一般的な感覚から縁遠く

 

て敬遠されやすいものですからね、どうしても気が引けるのです。従って、その辺の

 

ところを十分ご理解いただければ大変ありがたいのです。

 

 そもそも、医学方面に限らず西洋学というものは総じて形として捉えられるもの、

 

目に見えて明確な説明が出来るもの以外は論じないものです。

 

 その点において東洋的発想は自在です。極めて自由ですから、人間の持つ可能性を

 

追求するには西洋のそれと比べて格段に勝るのです。

 

 そんな観点から、例えば「薬師如来」が日本で何故に信仰の対象になっているかを

 

考えてみてほしいのです。同じように「刺げ抜き地蔵」が大事にされている背景を慮

 

ってほしいのです。これ等の存在が意味し、そしてその人間の精神心理面への働き掛

 

けを深くしっかりと考究して行った正受老人と白隠禅師のお二人の崇高なまでの心情

 

に思いを馳せてみてほしいと願うのです。

 

 更に述べますなら、世の中に宗教がなぜ存在しているか、です。私の論法を否定し

 

たのでは数ある宗教の全てを否定することにつながるのです。

 

 宗教は人々の苦難を救いたいがためにあるのですよね。そうしてそれは、精神面と

 

心理面とに働きかけることで成り立っているのです。これは、私のお勧めする手法と

 

同じものなのです。私と宗教家との間の違いは、論理的であるかどうかのみです。私

 

は論じますが、彼らは黙します。

 

 宗教は受け入れるが私の論法は解しかねる、というのでは道理に合わないのではな

 

いでしょうか。

 

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