円周率世界記録を達成した原口證が、自らの人生経験から得た教訓やコツについて、書き綴るページです。

☆2、「吾の心と我の心」その4。

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☆2、「吾の心と我の心」その4。

 

 さて、その”精神心理上の二卵性双生児”ですが、{「吾の心と我の心」その1}

 

のそれぞれにどのように絡み合ってくるのでしょうかというお話です。

 

 その葛藤しあう双生児の”吾”側の陣屋には、神仏や宇宙人たちからの指令書が天

 

から下されているとみてみたら愉快ですよ。指令書の趣旨は何かというと、人類の進

 

化への積極的な寄与です。人間の一人ひとり誰にも彼にも吾の心を持たせて人間社会

 

の進歩に貢献しなさい、と義務化しているのです。つまり”吾”は自己の啓発を活発

 

化させてその人物の品格を高めさせようと企図するのです。

 

 ”我”の方は個としての生身の体の機能保全を志向しています。人類への貢献をの

 

み目指して滅私、無私の志だけが先走っては唯一無二たる線香花火の喜怒哀楽を味わ

 

うことが出来なくなるからですし、そうなってしまっては折角の機能が退化してしま

 

うかもしれませんのです。我欲や我執だとて他者への危害を伴わないのであれば十分

 

に楽しんで良いのですからね。退化させてはもったいないのです。たとえば個人的趣

 

味への没頭がその”我”欲の典型でしょうし、さらに言うなら芸術家たちのの業績な

 

どは”我”の心が追い求めた結果なのです。ですのでこの際の”我”は機能保全とい

 

うよりももっと積極的な機能の高揚が図られるのです。

 

 つまり、「宇宙への目」と「彼我同一への目」が”吾”という思考を強化し、「無

 

常への目」と「唯一無二への目」とが”我”のありようをコントロールしているも

 

の、と理解したなら良いのです。なぜなら、どちらの概念も自分自身の進化と成長が

 

前提になっているからですね。

 

 ですから”吾心(ごしん)”も”我心(がしん)”もわが心なり、としてそのせめ

 

ぎ合い駆け引きし合う様を楽しんでいればよいのです。そういう思いで自分自身を見

 

ていれば結構面白いものですよ。
 
今日の一言

 

 ”吾”と”我”、われには二通りあります。ですから、「われわれは…」という言

 

葉は複数人の時だけではなく自分一人をのみ指す場合でも使えるのです(って、これ

 

は冗談ですよ)。

 

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