円周率世界記録を達成した原口證が、自らの人生経験から得た教訓やコツについて、書き綴るページです。

☆ 1、「邪念除きのための根源的な四つの概念」その2の⑤。

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☆ 1、「邪念除きのための根源的な四つの概念」その2の⑤。

 

 この辺のところが理解しにくいでしょうゆえ、更に続けます。

 

 もちろん、持ってしまった後にそれをなくしては辛いものです。聞こえていたのに

 

聞こえなくなっては大変に不自由です。見えていたのに見えなくなっては生きて行く

 

手立てを失ったのですから交通事故に遭うなど身の危険が際立って高くなって辛いこ

 

とです。更にまた、この上なく愛惜しんでいたわが子に先立たれてはその悲しみが周

 

囲の人々をも巻き込んでしばらくは立ち直りがたいものです。

 

 でも、もともと子供がいなければそんな悲しみは背負いません。また生まれたとき

 

から目や耳の機能が一般の人々と同じでなかったなら不自由だとする皆の受け取り方

 

も理解できないことでしょう。本人には不自由であること自体が分からないはずです

 

から。

 

 だとすると見えて、聞こえて、子を持って、昨日述べたように財産があってそのた

 

めに心が乱れるのなら”有”が悪だということになりますね。心を乱さない”無”よ

 

り価値が低いということになってしまいます。そうなのです、『知らぬが仏』という

 

ことわざはこの辺の事情を指しているのです。「知らぬが仏」だし、「持たぬが菩

 

薩」なのです。持ってしまっては心の自由を失ってしまうのです。

 

 要は、人間誰しも囚われやすい心を持っているということです。この辺の事情を感

 

得して後あらゆる物事、事柄から自由を取り戻したならどんなによいでしょう。もと

 

もと身一つで生まれ出でたこの世の中なのですから、初手から囚われること自体が不

 

自然なはずなのですからね。

 

 と、ここまで考えを思い巡らせたなら、大分、『色即是空』の意味するところが見

 

えてきたのではないでしょうか。見えてきたなら、いよいよ『日々是好日』をよしと

 

する生き方が視野に入ってくるのです。

 

今日の一言

 

 ”有”より”無”が価値高いこともあるのです。『持たぬが菩薩』ということもあ

 

るのです。

 

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