円周率世界記録を達成した原口證が、自らの人生経験から得た教訓やコツについて、書き綴るページです。

身近な人が亡くなられて悲哀に暮れている方へ

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

身近な人が亡くなられて悲哀に暮れている方へ

 

 ご親族が亡くなっては大変お辛いことでしょう。お察しいたします。どうぞ、その悲しさ、苦しさ、寂しさを否定するようなことはせず積極的に受け入れてください。どんどん泣くことです。お酒もよろしいでしょう。今日の悲しさは明日も続くのですから、明日の分をも今日のうちに嘆き悲しむくらい泣き暮れるのが良いでしょう。

 

 慣れ親しんだお人との永の別れが悲しいのは、パズルのピースが一、二片無くなるように自分の地肌が世の中に晒される状態になるからです。ひりひりとして痛いのです。ですがパズルと違って人間は生身ですので傷ついた立ち木が自分で傷口を癒していくのと同様に次第に晒されたところを修復していきます。それで完治するまでは悲しみが続くのです。
 その修復の材料は”希望”の泉が提供しています。心の地下水です。心の地下水の湧き出ずる所が希望の源なのでした。ですから”希望”が悲しみを消し去ってくれるのです。

 

 ですので、人によってまたは場合によって長い短いはありますが悲しみはでもヤッパリ一時的なものですから、いつの日にかは必然的に元気を取り戻します。悲しみを押しやった”希望”がまた明日への光を伴って心の表面に顔を出して来るからです。それまでは悲しんでいてください。それで良いのです。人間は弱いのですから。

 

 そんな訳ですので悲しみや苦しみというものは意図的に打ち消す必要はありません。自然消滅を待てば良いのです。日々の生活の出来事に紛れて消滅していくような具合で良いのです。
 ムリに消し去ったとしても、消えたように見えて実は心の倉庫の片隅に押しやられただけなのですからね。そういうものは長い間に腐敗して心身を病む一因となってしまいます。したがって苦渋の否定を無理強いしてはなりませんのです。

 

 このこと重要ですのでくり返します。悲しみや苦しみは否定してはなりません、受け入れて存分に味わってください。そうしてこそ喜びや楽しみへの早い転回が確実になるのですからね。
 なぜなら、悲しみ苦しみを否定してしまっては、その後に現れるべき”希望”をも拒否することになってしまいます。転回させるのは”希望”なのですから。

 

今日の言葉

 

 ”希望”は人間に関するあらゆるものの根源です。”希望”の存在が前提となって人間が在るのです。

 

関連記事

アーカイブ