円周率世界記録を達成した原口證が、自らの人生経験から得た教訓やコツについて、書き綴るページです。

 ”あるがまま”の大事さを強調しますのは、それに気づかないでいる人々の具合の悪さをよく知るからなのです

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 ”あるがまま”の大事さを強調しますのは、それに気づかないでいる人々の具合の悪さをよく知るからなのです。

 

 私には世間の皆さんの心と精神が疲れているように見えて憂えているのです。あまりにもムダな飾りと武具の重さに大方の人々が心身を病む直前の状態にあるように思えてなりませんのです。それが懸念されてならないのです。その上更に心配なのは懸念の対象が皆さんだけには止まりませんことなのです。あなた方の代で表面化しない時には子や孫の人生になってそのツケがあらわれてくる場合がありますのです。それも結構な頻度の高さで出てくるのですから油断はなりません。 

 

 幹が風で揺れない強い木は皮肉なことにその風で倒れます。幹の太い杉の木は強いようでも大風が吹けば見事に倒れてしまいます。肝腎の根っこが幅を広げて這ってはいるのですが深さが足らずにもろいのです。防具は立派なようでも対応策のピントがずれているのですね。
 一方、幹が揺れやすい弱い木は風では倒れません。風に抵抗しないからです。幹の細いアジサイが風で倒れたなんて聞いたことがありませんのです。意図せずに対策ができているのでしょう。(余りにありふれた例えで恐縮ですが分りやすいので使わさせてもらいました)

 

 人間も備えあれば憂いなし、とて硬い防具を身に備えたはいいが、大風に弱い杉の木のように危機に当たっての対応策のピントがずれていてはどうにもなりません。心の防具が正しく機能しないのではどうにもしようがないのです。更に突きつめてみれば、その防具そのものが返って危機を誘発している場合もあるのです。杉の木の幹が太くても少しぐらい曲がる柔らかさがあれば大風が攻め立てても危機にはならないのですから。
 
 以上のように、人間の心も杉の木の矛盾や不具合と同じものをそっくり抱えているのではないかと私は推定しているのです。あどけない幼時の時期から他人には絶対負けないようにと強い心を育てることのみ強要されて、ひたすら心と精神の武具を頑丈にするための訓練ばっかり強いられてきたのですからね、疲労がたまっているはずです。
 「そのように思うなら自分にぜひその証拠を見せてくれ、見せてくれたなら原口の勧めることを実行してやろうじゃないか」と言う方は多いでしょう。そのように思うのはムリもありません。心神に何らの問題も抱えずに悠然として心安らかな生活を送っているだろうご自分というものを知りませんからね。
 でもですよ、暖かくてポカポカしている春にはもちろん防寒具は要りませんし、むしろ邪魔なほどです。寒くたって運動をすれば身体が暖かくなってこれまたコートは無用です。心神の状態もこのようであれば良いはずです。そのようにできるはずなのです。武具を身に着けるよりも自分の周囲が暖かい雰囲気になるように心配り、気配りをする方がはるかに楽なはずなのですから。

 

 そんなわけで、人生の歩みに一段落をつけてこの辺で一旦、心と精神のオーバーホールを行うようお勧めするのです。一度、心をまっさらにするためにありのままの自分をさらけ出してみて欲しいのです。ありのままの自分を見詰めなおして分析し何を捨てて何を残すか考えてみて欲しいのです。 
 そんな作業をしていくと直ぐに気づくことがあるはずなのです。自分の心の成長度と教養の深度です。自分のレベルが明白に見えてきますから次へのステップがどのような位置から踏み出してよいか的確に理解できるようになるはずです。そうして更なる成長が確実にもたらされる結果となるのです。それは嬉しいものです。次々とステップアップが図れるのですからね。
 したがってその進歩の前提となる”あるがまま”がそれはあり難いものなのです。

 

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