円周率世界記録を達成した原口證が、自らの人生経験から得た教訓やコツについて、書き綴るページです。

”あるがまま”を勧める別な理由があるのです

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人生訓
 前回には”あるがまま”でいることの良さと大事さを述べました。
 今日はこの補足です。大事さ良さを語り尽くせないもどかしさが拭(ぬぐ)え去れませんのです。
 自分をより良く見せたい良くみられたい、というのは極々自然な人の情です。自慢はしたいものだし、人格の良さを誇ってもみたいし、知識の深さも測って欲しいものです。それにまた他人を嬉しがらせる美辞麗句なんかもドンドン出てくる詩人のような心になれたらそれは素敵なことです。きっと誰もが尊敬して慕ってくれることでしょう。そんな人に誰もがなりたいものです。
 そしてまた無闇に投げつけられる心ない人々のきつい言葉に負けまい、逃げまい、反攻してやると心や精神に防具と攻め具をしっかり備えて身構えたなら病気なんぞには決してならないだろう、とも思うのも世渡り上では当然な処置です。
 でも、これって心神にたっぷり力が入った状態ですし、しかもその上に的を外したやり方でもあるのです。
 無用な力は守りたい心神を返って阻害しているものなのですが、この辺りの理屈は前回の説明で分っていただいていると思います。

 

 ですが、ご理解を更に進めていただくために、少々違った方面からも語り説いてまいりましょう。
 短距離競争をするとなると一般に行う練習はただ走り込むだけです。でも脚力ももちろんですが、それよりも腕力を養った方がよい結果を出すものです。足を早く動かすには腕の振りが不可欠だからです。手振りが早くなれば脚も速くなる。つまり脚が主で腕が従ではありません、その反対です。腕が主役で脚が脇役なのです。
 また、ゴルフのパター打ちはカップまでのラインを読み測るのもさることながら、ボールにしっかり語りかけてどのように打ったら狙い通りの転がりをしてくれるか相談することがずい分と大事なものです。プロゴルファーがスタンスを決めてから打つまでの間、素人目には長めに見えるボール見詰めはその辺の事情がさせるのでしょう。要は、目標はカップでも向き合い狙う相手はカップではありません、ボールなのです。

 

 このようなことが分ってくると心や精神のことについても皆さんの意図するところと採る方法が合致してはいないように私には見えてくるのです。もちろんこれはあくまでも一般論ではありますが。
 そういった意味もあって、長い間に積み重ねた心の中身ではありますが、一旦すっかりクリヤーして白紙に戻し、その上で改めてこの先の人生を今までよりも尚よい道筋を進んでいけるようにしてみては如何でしょうか。”あるがまま”のニュートラルの状態に先ずはしてみるのです。

 

 この先も長くなるので今日はこれまでとさせていただきます。

 

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