円周率世界記録を達成した原口證が、自らの人生経験から得た教訓やコツについて、書き綴るページです。

座禅会に参加したとて

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人生訓
 親戚の知人が有名な寺に座禅修行で入山することになったそうです。
 私は座禅には懐疑的です。あの結跏趺坐(けっかふざ)や半跏趺坐なる足組みが理解しかねるのです。あれは足の長いインド人になら体の傾きを防ぐのに効果があるのです。背の低い日本人は胡坐だけで十分なのに大事な修行の期間が足の痛みに慣れ切るために使ってしまっては何ともモッタイナイ。
 それに深山幽谷で修行したって大して意味がないようにも思えるのです。清い心になることを求める人のみが集い合って清い空気の立ち込める場所で清々しい食べ物ばっかり食べて過ごしたなら清々しい気持ちになるのは当然の事であって、肝腎のどろどろした下界に戻ったとたんに元の木阿弥では修行の域には当然達していないことになりましょう。

 

社会への提案
 百八つの煩悩がとぐろを巻く人間界に在って安直には崩れない清い心を築き上げる日常的な精進(厳しいものである必要は絶対ありません)こそが本来的に希求される悟りでありましょうに、と思うのです。生意気ですが。
 修身の目的でその方便として剣道を選んだために刀と衣装を調えて道場に通わねばならぬようになったのでは些(いささ)か気が滅入ろうというものです。
 そんな観点から考案した日常住む所で普段着のまま進められる私の自由禅(私の造語です)、つまり原口式瞑想法というのがございますので、いずれ近いうちに披露しましょう。これは私が独自に会得した身体の気を正す自然体禅です。乞うご期待。

 

今日の戯れ歌
 『泥田の中の蓮の華、清さの極みこれに尽き』

 

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