円周率世界記録を達成した原口證が、自らの人生経験から得た教訓やコツについて、書き綴るページです。

病気にもならずに日々平安に暮らすには

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人生訓
 病気にもならずに日々安穏に暮らすにはどうしたらよいのか、とよく問われます。
 徳を積まれた方々は「欲を去れ」「感謝して生きろ」と言いますが、欲は生活意思の源泉ですから毎日を無欲の境地で生きることは殆(ほとん)ど出来かねましょう。また、日々感謝して生きるように成れるにはどうしたらよいのか、その道筋を説いていただかねばなりません。理由もなく感謝の思いが生じることはあり得ませんから。更に、その道々筋々に精神論を持ち出されては一般人の我々は直ぐに脱落してしまいます。努力できず頑張りが利かないのが普通人なのですから。人間の本質は弱いのです。
 ではどうするか、私は次のようにお答えしております。
 「随所に主たれ、さすれば悔いなし、病なし」とです。これは禅宗の言葉で「随処(ずいしょ)に主と作(な)れば、立処(りっしょ)皆真なり」〔いつ、どんな所でも常に主体性を持って事に当たれば自分の居り立つ所すべてで矛盾がなくなり真実性が開けてくる、と言う意味〕より引用したものです。
 どこにいてもどのような状況であっても自分に関する部分は自分が主人公として振る舞っていれば物事と自分との間の関係に不純なものが入り込まない(自我の存立が保たれる)ので、人間としての自己の実存性が確保される(つまりが心の安定が保たれる)から後悔するような状況になることはありません。身も心も乱れることがなくなり、それこそ毎日が平安郷(平安な里、平安京に掛けてます)に住むが如くになりましょう。

 

社会観察
 人間は社会的動物だそうですから社会の中に、集団の中にあって意思に反する不承不承の決定を下さなければならない時も多々ありましょうが、そんな場合でも「嫌々ながらも受け入れる決定は自分で行ったもの」と思えばよいのです。〔これは別のところで述べましたが、妥協を恥じることはありませんのです。人間は弱いのですから〕
 「無理強いされるのを拒めずに受け入れたのも自分だ」と捉えて、自分の主体性を見失わないようにだけ心掛けていれば病になることはありません、絶対にです。妥協せざるをえなかった自分を素直に受け入れ、無理強いした誰彼を恨むわけでもないので心の安寧(あんねい)は保てるのです。

 

今日の一言
 「随処に主たれ、さすれば悔いなし、病なし」

 

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