円周率世界記録を達成した原口證が、自らの人生経験から得た教訓やコツについて、書き綴るページです。

近況報告

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近況報告
 若い頃、私もご多聞に洩れずに桃源郷に憧れていました。桃源郷に行ってみたかったし、当然のこと住んでみたかったのです〔これは全ての人間の望みですよね〕。もちろん中国を踏査する金なぞないし、何としても探し出したいという強い意思も持ってはいませんでしたが。
 でも、円周率に出会って私は知りました。「チルチルミチルのお話」のその先をです。あれは、幸せは身近にあるものとする寓話ですが、円周率の持つ意味を知った私はその先を”幸せは身近に創り出すもの””身近に於いて創りだせるもの”と思うようになったのです。”ある”というよりも”あり得る”ものなので、”我々人間の知恵で創造するもの、創造できるもの”と思われてならないのです。
 桃源郷を探し求めるのではなく、いま住む所をそのような掛けがえのない唯一の地と捉えれば良いと思っているのです。自分が既に桃源郷に住んでいる者に擬(なぞら)えて思考し行動するのです。
 つまり日々の立ち居振る舞いの基準を、理想の地に住む者ならばこのようにするだろう、という視点に据えるのです。そうすれば道端に棄てられているゴミなんぞは何の衒(てら)いもなく拾うことができるのです。行き交う人々の誰かれなく笑顔で挨拶も交わせるのです。そんな日々を送っていますと、ずい分と居心地の良い地に思えてくるのです。桃源郷ほどの良さでは勿論まだまだないのでしょうが。
 還暦を迎えて間もない60歳代前半の私は地域奉仕の働き手として盛りを迎えております。ガンバリはしませんが、コツコツと丁寧に地域活動に勤しんでおります。桃源郷は遥かな彼方ですが、しかし確実に近づいてはいます。
 先ずは、ゴミの落ちていない郷を目指しております。

 

社会観察
 当たり前のことですが、道端に転がっているゴミの多寡(たか)は社会の成熟度のバロメーターになります。社会の安定度の目安です。巷(ちまた)に落ちているゴミの量で地域住民の心の安定度が計れるのです。落ちているゴミが少なければ無配慮に放棄する人が少ないのだし、落ちているゴミを拾う人も多いということですので環境の良し悪しへの心配りができる域内住民の心も安定していましょうし、住み心地の良さも推し量れます。一方ゴミが多ければ棄てる人が多く、拾う人は少ないのだから荒んだ思いでいる人々も多いということになります。
 ゴミの次は落書きです。市井の人間にできることを一つひとつ見据えて丁寧に対処して行けば世の中は変わります、着実に。

 

今日の一言
 変革を求め、創造を図ることは世の人々の生きる糧です。目指すは桃源郷です。それは絶対的な希求です。神仏の指し示すものなのですから。

 

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