円周率世界記録を達成した原口證が、自らの人生経験から得た教訓やコツについて、書き綴るページです。

いじめられたなら

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人生訓
 悪口を言われた、罵(ののし)られた、蔑(さげ)まれた、と落ち込む人が世に多い。ですが、これは反対です。もちろん気の毒ですよ、イイエ落ち込む人ではなく悪態をついた人がです。気落ちすべき人が逆なのです。
 大体、誰かが他人を口汚く謗(そし)ろうとする時は、言われる側には落ち度がなく理不尽な状況である場合がほとんどです。何故なら、悪口雑言を容易に口にする人は事の顛末(てんまつ)を冷静になって正しく把握すべきとは考えないものなので、安直に判定して歪んだ結論を出しがちなのです。それに加えて始末が悪いのは、妙に強固で自説を曲げぬ。頑迷固陋(がんめいころう)の典型例でもあるのです。
 従って、悪態をついた側が気の毒なのです。自分の判断能力の低さゆえの醜態を巷(ちまた)に晒しているのですから。
 罵倒されたり、悪口を言われたりした側の人は”我、関せず”と堂々としていれば良いのです。相手が独り相撲を取っているのですから。
 強いて述べておきましょう。虐(いじ)めを受けて悲しいときには己の誠に心を拠らせるのです。さすれば身の振る舞いに潔(いさぎよ)さが滲み出てきます。それを見た周囲の人々には、どちらが正しいのかを自然に気付くことになりましょう。

 

社会観察
 残念ですが、陰口を言われたり悪い噂を立てられたりして苦しく悩み続ける人々も人もまた多いものです。悔しさに眠りも浅くなりがちでしょう。でも、上記しましたことを理解してくだされば少々は楽になりましょう。
 それにです、悪口や噂の事が気になっている日々がモッタイナイですよ。本来は楽しく過ごしたであろう時間や一日が、その好ましからざる人物に乗っ取られ、支配されてしまっては何ともモッタイナイものです。
 相手を憎らしく思う気持ちがなかなか去らないような時には、次のようにしてみてください。
 ”悔しい、憎い”と思っている自分を、天与の『自分の専門家』(何のことかは前述のチェックを乞う)側の目でみてみるのです。きっと、”悔しく憎い”のではなく、本当はこんな状況が生じたことが”悲しい”のだと分かってきます。そうしたらその悲しみを丁寧に味わってみて欲しいのです。呼吸を静めて心を込めて”悲しみ”を見つめてみなさい。そうするとです、次には「悲しい気持ちを素直に相手に話してみようかな」って段々と穏やかな気分に変わってまいります。このように平らかな自分を取り戻したなら、その夜の一眠りで相手への感情はスッカリ胡散霧消してしまいましょう。「どうでも良いことだ。どうせ彼(彼女)の判断力の問題なのだ」という結論に達しているだろうこと、請け合います。
 他人を害するものは自分自身をも見事に荒らす。心が荒れるので呼吸が乱れるからです。乱れた息は過酸化状となって交感・副交感の両神経に失調を来たします。結果、病魔がはびこり身を冒す。若死にの典型例です。これにつき、そうはならぬよう改めてアドバイスするつもりです。

 

今日の一言
 『侮(あなど)り、罵り、蔑む者は身中(みうち)を荒らす。憤怒が常々身に巣食う』

 

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