円周率世界記録を達成した原口證が、自らの人生経験から得た教訓やコツについて、書き綴るページです。

人の命は「無価宝珠」である

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人生訓
 私は今ここに在り、生きて呼吸をしている。静かだがしかし確り空気を吸い吐いている。試しに呼吸をムリに止めてみると大変に苦しくなるし、もちろん当然のこと止め得るわけがない。苦しさが強くて止め得ないということは生きて行くことを身体が強く希求している証しである。地位の無さ、財産の無さはちょっと寂しいがしかし、それに伴う苦しさは無い。これはつまり「命の尊さは何物にも優る」ことの、ずい分安直だが極めて明解な実証である。生きて存在しているだけで既にして価値高いのである。私はこれを『無価宝珠』と呼んでいる。価値を量りようがないほどの貴い宝物という意味だ。
 我が町内の小学校に今春118人の子どもが入学した。大事なだいじな「118の無価宝珠」である。今後に生じる学業の優劣なんぞは、ヒマラヤ山脈の氷河に対する我が地・茂原の年に三度の雪ほどもその重みは小さいものだ。この子ども達みんなが各々の「無価宝珠」を見つめながら着実に人生道を進んで行くよう切に望むものである。
 「無価宝珠」である自分の人生の舵取りを他人任せにした者は身体を病む。それを他人に脅かされている者は精神・神経を病む。自らの人生道のストーリーを夢見、その道筋のシナリオを書き、主人公として曲がり角での判断を他人の意見を取り入れつつも自らの意志で決定する者は、病魔に冒されることもなく長寿を全うする者となる。
 「無価宝珠」は天与のものだ。世界の誰もが自他の「無価宝珠」を決して疎かに扱ってはならないのである。

 

社会観察
 世の中の悲惨な事件の粗方は悔しさ悲しさから生じる。悲しみは己を害し、悔しさは他人を害するエネルギーとなる。従って、好ましくない事件を発生させぬべく常に自分の周囲を温和な雰囲気にしておくように心掛けていたいものだ。そのような心境になれる原口式手順を追々ここに書き記すつもりである。蛇足ながら、他人から見た場合の人物品格の良し悪しはこのことと一体である。
 ちなみに人間の持つエネルギーの強さは一般に「怒・哀・喜・楽」の順になる。これはしかし心の修養が進み知恵や知識が増えるに連れて「楽・喜・悲・怒」と、逆になる。皮相な社会の実態を達観できるようになり、更には人類に対する深い希望が湧出してくるからだ。

 

ユーモア
 本来、”宝”って人間の身体に関するものを指して言うんだよ。何故かって?『「体は宝か高らかだ」…これを逆から読むと…「宝か高らかだ肌等だ」』

 

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