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⦅“お国ことば”は全く薄れない ⦆

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⦅“お国ことば”は全く薄れない

 

【身土不二】は掲題にも絡んでまいりましょう。

 

生活する地で覚えた方言が薄れることは有り得ないのですよ。

 

ちなみに、愚生の郷里は宮城県北部の片田舎ですからズーズー弁です。

 

他県への就職で離れるまでの18年間、ズーズー言い聞きしていたという事ですね。(*1)

 

例えば、“我が家へ来て下さい”なら“おらいさ来てけらいん”であり、また“そうだろう んだべおん”、“田舎者 ぜごたろ”、“怒る ごっしゃぐ”、“蛙 びっき”等といった具合でした。

 

この現象につき、一般的には“”身に沁み込んでいる“”という表現が為されておりましょうね。

 

ですが、要するに“我が身を育んだ郷土の言葉”としての繋がり合いが〖記憶の濃度〗を高めているのではないかと愚生は捉えております。(*1)

 

  • ※ 知識の保持を司る細胞が性情や人格を形成しているのですからね、その記憶が消滅していくなら当然に人物像も変質する筈でしょう、それも希薄な方向に。

  

もしも、それ等の方言が眼前に列挙されたなら54年後の今でも“その全てを記憶している”と愚生は断言できますね、濃淡の差が多少は有るでしょうけれどもです。(*2)

 

  • ※ つまり〘 記憶保持率 100% 〙という事なのですよ、それも相当な濃度の高さで、ですね。

 

これにつき、72才の現在と60才時、50才時とでの差など大して無かった筈でしょう。

 

それならば、加齢していく今後とて左程の違いが出るようには想えませんのです、絶対に。

 

この事は、もちろん東京人とて全く同じな筈ですよ。偶々それが方言ではなく、ほぼ共通語だったゆえ際立ち難くなっているだけに過ぎないのですからね。

 

さて、上記の件、つまりは世の人々の誰であっても一律に当て嵌まるのは言うまでもない事であり、これこそ正に“言葉という知的記憶は薄れにくい”し、しかも“記憶は消滅しない”とする愚生の論のよい証拠になるのではありませんでしょうか。

 

*1 尤も今は時世の流れで国中の訛りが随分と減っておりますから、当然に東北の若い人たちも共通語が多くなっておりましょう。

 

*2 そう言った意味からも、やはり【身土不二】ではありますね。

 

 

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