円周率世界記録を達成した原口證が、自らの人生経験から得た教訓やコツについて、書き綴るページです。

2010年 01月

☆『「般若心経」を暗記しましょう・その40』

☆『「般若心経」を暗記しましょう・その40』  でもですね、この世のことはすべからく「因縁」によるものなのだ、と分かったか らとて、それが「私」と言う存在の根本的な意味づけには物足りなさが残ります。  「因縁」によって私たちが生まれたのだという現象の理屈は分かっても、そしてま た心に生じる「喜怒哀楽」に一喜一憂する現実的事象も「因縁」によるものなのだと 分かったとても、しかしそれだけの分別で、この…

☆『「般若心経」を暗記しましょう・その39』

☆『「般若心経」を暗記しましょう・その39』  前回は物的環境における「因縁性」について論じましたが、今日は人間の心理の場 合を考えてみましょう。  道を歩いていたある日の私に、急に雲行きが変化した天空からにわか雨が強く降り 出してきたことがありました。頭髪や衣服が濡れるのを恐れた私は近くの家の軒先で の雨宿りです。すると、その私の目の前をです、濡れ切った身体を一切気にすること なく悠然と自転車の…

☆『「般若心経」を暗記しましょう・その38』

☆『「般若心経」を暗記しましょう・その38』  尚、ついでに申しておきます。  「諸行無常」の言葉で代表される諦観思想ですが、この諦観の「諦」の字が「あき らめる」、と言う意味を持つようになる前は「明らめる=明らかにする⇒悟る」だっ たはずなのです。  ですから、一般的に言われている”悟って諦める”という使われ方は間違っていま す。そうではなくて”悟って穏やかな心境になりましょう”、とするのが本来…

☆『「般若心経」を暗記しましょう・その37』

☆『「般若心経」を暗記しましょう・その37』  ちなみに、「因縁」という言葉は、このように仏教的観念から生じたものです。  例えば、我が家の庭や山野に育つ草木だって土やら水やら大気やらの様々な「因 縁」によって芽生え育っています。  また、私という一人の人間だってそうです。父母の縁、先祖との縁、近隣の人との 係わり合いでの縁で私と言う人間的現象があるのです。  このようにして、世の中のあらゆる事象…

☆『「般若心経」を暗記しましょう・その36』

☆『「般若心経」を暗記しましょう・その36』  ついで更に、「雲」と言う現象とは何なのか、を「色即是空」と絡めて考えてみま しょう。  テレビの天気予報で、「明日は雨雲がくる」、「一日中、薄曇です」、「昨日まで の雲がとれて今日は久しぶりに晴れましょう」などと言います。  その原因は大概の場合、「(大陸の)西から日本に天候の変化をもたらせるから」 として済ませます。でも、その西での状況の原因がある…

☆『「般若心経」を暗記しましょう・その35』

☆『「般若心経」を暗記しましょう・その35』  次に、「色即是空」の”物の本質は空”ということについて考えてみましょう。  大分以前に、「白い雲」の「白い」とは何なのか、ということを述べましたね。こ の場合は、黒っぽい雲や灰色っぽい雲に対して白っぽい雲なのであって、「白い」と 特定できる雲はないのだ(つまり、白っぽい雲という現象があるだけであって、「白 い雲」と断定できる絶対的状況はないのです)と…

☆緊急報告

☆緊急報告  昨日のアクセス件数が、当ブログ始まって以来の高い数値を記録いたしました。  具体的な数値を記すのは控えますがしかし、このブログが属しています「日記ーこ ころ」という分野では一位なのだそうで、大変に喜んでおるところです。  読者の皆さんに感謝申し上げます。ありがとうございました。 …

☆『「般若心経」を暗記しましょう・その34』

☆『「般若心経」を暗記しましょう・その34』  前回に、普化(ふけ)宗という仏教の一宗派を持ち出しましたが、今は存在してお りません。明治4年に吹き荒れた政府による廃仏毀釈の嵐の中で廃宗になってしまい ました。  さて、前回の文に続けます。  でも、それなら何のための人生なんだ?、と言う疑念が頭から離れなくなってくる のです。  人生の価値が否定されるようなものならば、では神仏たちが私たちに与えて…

☆『「般若心経」を暗記しましょう・その33』

☆『「般若心経」を暗記しましょう・その33』  ここら辺りまで考えて私は実感しました。先達の方々の戒めの言葉の多さ、をで す。人生を読み切ったような色々な箴言(しんげん)や格言が辞書にたくさん載って おります。曰く「この世は浮世、露の世だ」、「人生は朝露の如し」、「邯鄲(かん たん)の夢」などなど。  ですが、これらは皆「人生はむなしいものだ」と言っています。ことわざの殆どが 「むなしい」と言うの…

☆『「般若心経」を暗記しましょう・その32』

☆『「般若心経」を暗記しましょう・その32』  私は、このシリ-ズの冒頭で古代インドにおける「空」と「無」の着想を「0」の 発見と同等の価値高さを持っていると述べました。どのようにして「0」が考え出さ れたか考えてみると、ある事が観えてくるからです。  「0」は「1、2、3、…」などのプラス側のみ知っていた時代には発想し得ない はずの概念です。つまり、「ー1、-2、…」というマイナス側の世界が考察…

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