円周率世界記録を達成した原口證が、自らの人生経験から得た教訓やコツについて、書き綴るページです。

2012年 05月

〇以上ですね。

〇以上ですね。  少なくとも行事の一ヶ月前分は頭に入れてしまいましょう、スケジュール帳を頭に 設定するのです。  毎月1日は何曜日かを憶えてしまい、1年分のカレンダーを頭の中に入れておきま す。  平成24年は「日水木、日火金、日水土、月木土」と三月ごとに語呂合わせしてお くと、よく憶えます(もう5月も半ばですから、半年分しか必要ありませんが)。  そうして、まぶたの裏に映し出して行事を書き入れま…

〇文月 初=山開き。

〇文月 初=山開き。     中=海開き。     下=夏休み入り。  葉月 初=七夕祭り。     中=盆踊り。     下=夏木立、ヒグラシの啼く、夕しぐれ。  長月 初=残暑お見舞い。     中=中秋の名月。     下=すすきが揺れて風情あり  神無月初=菊人形、盆栽展     中=絵画展、工芸展の目白押し、錦秋     下=夜の冷え込み、草紅葉  霜月 初=紅葉の終わり     中=寂…

〇では、始めましょう。

〇では、始めましょう。  睦月初旬=新年ですから、浮ついて。    中旬=モズが木立で鳴いている。寂しげだ。    下旬=冬将軍の威張り方の大げさなこと。  如月 初=立春ですが、春は暦の上だけだって。     中=寒さの底か。しばれます。でも、水仙の花、香しい!     下=あれ、ウグイスがいる。寒さが和らいだ?  弥生 初=春一番が吹いたとね。川原の柳、猫芽が生えた。     中=コート、マフ…

〇さて、その模索のしかたですが、

〇さて、その模索のしかたですが、  前述させた四季や、月、旬、というものを雰囲気で捉えてみる話の延伸を試みてみま しょう。  スケジュールの記憶を行います。  行事の前とその後との両方でことを進めます。  スケジュール表と日記のどちらも扱うということです。  スケジュール表作りから入ります。  先ず、カレンダー表上へのイメージ記憶を作り込みます。  月ごと、旬ごとにそれぞれ特有の雰囲気を持たせてし…

〇そこで思いますのが、こんなような時間への関わり方は

〇そこで思いますのが、こんなような時間への関わり方は前にも述べましたようにバ リバリと仕事していた(或いは、連れ合いにさせていた)頃のイメージが根強く心身 に染み付いているからではないだろうかということです。  しかも、それは「何時に、どうすべきだ」、「何時までには、こうしなければなら ない」、といった、言うなれば“でなければならない、とする「脅迫イメージ」”ば かりが優先したものであって、つまり…

〇さて、そんなわけで、話をまた“時から受ける感覚”に戻します。

〇さて、そんなわけで、話をまた“時から受ける感覚”に戻します。  過去の悪しき面の呪縛からの脱却を量っていただきたいがゆえにです。  「時」に関する悪しき習性を除去して欲しいゆえのことなのですよ。  そうして、新たに身に付けた記憶力で「時」を我が支配下に置いて使うのですよ、 縛られていた過去での関係を逆転させましょう。  普段に「お爺ちゃんもお婆ちゃんも、昨日の事さえ忘れちゃっていてしょうがない …

〇その手助けをしてくれるのが、先に提案していた

〇その手助けをしてくれるのが、先に提案していた“手当たり次第に数える”のでし 、“ことごとくを計時する“ことなのでもあるのですし、”情緒による計時“なのでし た。  それに加えて、第六章「図る」で述べる予定でいる“目に入るものは読み得”という 生活態度も加味して、ですね。  実社会にいた頃には、こんなような一見は無駄で煩瑣な作業なぞ思いもやらないこと でしょうし、もしもそれが脳裏に浮かんだとしても…

〇つまりですね、“能動的記憶”として、

〇つまりですね、“能動的記憶”として、時期や期間を示す言葉が持つ情緒的なイメ ージを積極的に活用するということです。  その持つイメージや雰囲気といったようなものを出来事に付随させる形で随時に借 用すれば大きな効果を得るものなのではないでしょうか。  というのはですね、とかく数字を用いて安直に済ませやすい“記録のための日記” から、“情趣を醸している思い出”への転換を計るということなのですよ。  …

〇つまりですね、期間を指し示す数字の明確性を覗いて、

〇つまりですね、そんな期間を指し示す数字の明確性を覗いて、「雰囲気」という点 でのみ見たならば基本的に弱いのではないか、ということです。  数字ですから言葉ほどの強さは伴わないのですね、誕生日のような特別な印象を持 てるものなら勿論、別ですが。  例えば、「12時」と言うのと「正午」と呼ぶのとでは、一般的には後者のものの 方が感興心への刺激は強いでしょう。  また同様に、「11過ぎ頃」は「昼前」と…

〇薄くはなっているがしかし、

〇薄くはなっているがしかし、まだまだ残っている感興心を刺激するならば、それが記 憶へと繋がることは間違いないということなのです。  1時、2時、3時や12時代、15時代という捉え方も長い人生の中ですから、それ ぞれのイメージを皆さん誰もが持っているはずです。  「○時」という時刻に対する感覚が身内にしっかりとあるのですね、日々の暮らしの 中で日常的に使っているのですから沁み付いている、とまで言って…

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