円周率世界記録を達成した原口證が、自らの人生経験から得た教訓やコツについて、書き綴るページです。

2013年 05月

『「記憶の真髄」への考察・その55』

『「記憶の真髄」への考察・その55』  これは愉快です、これは楽しい、心が弾みます。これは凄い!  推察するに、想像するという能動的行為が多少なりと習慣性を持つようになると受動 的記憶もが働きだすということなのでしょう。  しかもそれには、情趣が篭っておりますから記憶細胞をシッカリと刺激してくれるの です。  つまり、能動性の記憶能力の中にも“受動性”のものが含有されているということで す。これは…

『「記憶の真髄」への考察・その54』

『「記憶の真髄」への考察・その54』  さて、この現象につき、もちろん効果高い一つの記憶法として一本立ちをさせられま しょう。つきましては、“観念記憶法”と名付けたのでした。  で、これから、いよいよ記憶の世界の奥の院へと入ってまいりますよ、皆さん。お心 がまえは出来ているでしょうか。  このように、様々な人々の感性を真似て見聞きする事物や現象に働きかけるようなこ とを2、3日ばかりほど楽しんでお…

『「記憶の真髄」への考察・その53』

『「記憶の真髄」への考察・その53』  さて、この“安楽記憶法”なるもの、更に発展させるとしたなら、何がありましょう か。  一つ考えられるのは、向こう側、対象の側との視点の交換です。  少々以前に提示した“ゴミ箱からの視点”ですね。物の側から見たならどのように見 えるか、というものです。  私に、こんな奇妙な経験があります。土の中にいるセミの幼虫と目が合ったことがあ りました。這い出す直前だった…

『「記憶の真髄」への考察・その52』

『「記憶の真髄」への考察・その52』  で、そんな意識を例の如く散歩に持ち込んだところですよ、  そうしたら、これまでには何らも気にすることなく見過ごしていた事々等がフッと心 を捉えてくるのでした、私の心に語りかけてくるのですよ。  「このコンクリートの割れ目はなぜ出来たのかな、この割れ筋がこのようになってい るのは何故なのかな」、「この家の松木の刈り方は右偏りになっているが、左寄りにし たなら、…

『「記憶の真髄」への考察・その51』

『「記憶の真髄」への考察・その51』  ならば、ですね。  それならば、『寺田寅彦さん』か『ニュートンさん』との“同行二人”だったなら、 どうでしょうか。  はたまた、『ハイネさん』や『宮沢賢治さん』とだったならどうなりましょう。  そうだ、画家の目も持ってみたいですね。『東山魁夷さん』にご一緒していただくの も一興ですね。  とすると、植物たちへの思いをも是非、加味したいので『牧野富太郎さん』に…

『「記憶の真髄」への考察・その50』

『「記憶の真髄」への考察・その50』  この「情趣」なるものを、日常的に見聞きできる様々な事柄に我が身の方から見出し ていくようになれば、随分と記憶能力が煥発されることは間違いありませんよね。  ですが、「わざわざする」というものはナカナカ身には着かないものです。「やらな ければならない、やるべきだ」という義務感が伴うことは進みがたいものですからね。  ですが、そこにも矢張りコツがありました。私の…

『「記憶の真髄」への考察・その49』

『「記憶の真髄」への考察・その49』  さて、私の円周率暗記は純粋に文字や言葉から生じる感性だけで行われております。  文章が整った詩歌には記憶しやすくなる情緒が伴いますし、また、そういう意味では 韻律のない散文であってもそれなりの風情がかもし出されますから、やっぱり憶えやす い要素が添うものですからね、これにて今の時点で11万桁超の暗記が出来ております 。  ここにおいて、「情緒」や「風情」とい…

『「記憶の真髄」への考察・その48』

『「記憶の真髄」への考察・その48』  道端にゴミ置き場がありました。0,7畳ぐらいの広さです。  その中に自分が入って外を見ている視点を想像してみたのです。そうしたら、想像画 が容易にできたのです、このように見えるだろうと思われる画像が現われたのでした。 瞼の裏に、ですね。  また、別のところでも行ってみました。自然農法で田んぼにアイガモが20羽前後ほ ど居ましたので、彼等から自転車に乗っている…

『「記憶の真髄」への考察・その47』

『「記憶の真髄」への考察・その47』  さて、その「意」につき用いるパターンのバリエーション次第で能動的記憶能力が増 減することは明確に分かりましたよね。  とすると、次にやるべきこともハッキリと見えてまいりましょう。  つまり、新規のバリレーションを考え出せばよいということです。  で、それに関して例の“憶師”に出会って以来、「想像する」という言葉がシバシバ 頭の中を走り回っているような気がして…

『「記憶の真髄」への考察・その46』

『「記憶の真髄」への考察・その46』  と、言って筆を置きかけた矢先から、また思い付きました。  頭の中でコダマが鳴り出した途端に、それに連携することを思い立った知識君が手を 挙げたのですね、そうすることで孤立していた知識君が知恵化できるチャンスとばかり に共鳴、共振したのですよ、きっとね。  で、その思い付きです。  「百聞は一見に如かず」という諺(ことわざ)がありました。何回も聞いたところで …

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