円周率世界記録を達成した原口證が、自らの人生経験から得た教訓やコツについて、書き綴るページです。

2016年 08月

《 こうすれば、頭脳が躍動し始めます 》その2

《 こうすれば、頭脳が躍動し始めます 》その2 ついでに申しましょう。 自分が乗り合わせた車両につき、“何両目で、車内には何人か、乗った時刻は、降りた時刻は、等々”へと思いを向けて欲しいのです。 これにて、《細かな確認》になります。  ちなみに、【道頓堀】で行った“漢字の分解”や、チョッと前の【厚かましい】での“言葉の分解”は、その構成部品を確認することでシッカリとした多面からの認識になりますから…

《 こうすれば、頭脳が躍動し始めます 》その1

《 こうすれば、頭脳が躍動し始めます 》その1 さて、“空想映画”を作る前段階として、ここで頭脳が一気に跳躍する方法につき、具体例を挙げて幾つか紹介しておきましょう。 もしも〖電車に乗ったなら〗という設定にしてみますと、次のような区分けが出来ましょう。 ○車内や車窓の風景を漠然と眺めて過ごす ⇒ 公道歩き。 ○中釣り広告や車窓から見える文字、物事につき、“意味を確認したり、分解したり、尻から読んだ…

《 でも、ご安心を! 有効策があるのです 》

《 でも、ご安心を! 有効策があるのです 》 なーに、このように既存の知識の意外な浅薄さに気づいて頂いた上で、からめ手から、それ等を活性化させるコツもあることを知って下されば済むことです。 はい、もちろん“気付き得ないでいるだけ”なのですからね、そうと知った途端に様変わりいたしましょう記憶細胞の品質が、ですね。 まるで、忍者が用いる飛び道具にも似た方法がありますから、それを覚えて下されば問題は見事…

《 “知識全般も早死に”です 》

《 “知識全般も早死に”です 》 さて、皆さん。 この社会現象につき、前回に言及しましたように当然、【言葉】だけでないことは窺い知れましょう。 はい、私たちの持つ知識の全般に渡って言えることも分かってまいりました。 知識の仕入れ方に疎漏が多いことが明白になってきましたからね 頭脳内にタップリと貯め込んだつもりになっている知識の殆どが“早死に傾向を抱えている状態”ではあるということですよ。 これでは…

《 浅く薄い知識にしてしまっている 》

《 浅く薄い知識にしてしまっている 》 その一方、【厚かましい】を文字通りの一単語とのみ認識してしまえば、それこそ孤独ですからね、“〔厚かましいサン〕の孤独死”が早々と訪れてしまう、という結果を迎えてしまいましょう。 そうして、残念なことですが、このような薄っぺらな皮相のみを云々している社会全般なのですからね、その結果は推して知るべしとはなりましょう。 つまり、私たちの仕入れる知識というものは一事…

《〖複合語〗と捉えたなら長生きします》

 《〖複合語〗と捉えたなら長生きします》 実はですね、前々回に例題とした〔厚かましい〕が【柄】や【釜】、【医師】等を含んだ“〔複合語〕でもある”と捉えたならば、そうはならないのですよ。 何故なら、子沢山で賑やかな“〔厚かましいサンの家〕”とはなりますからね、その分、相当に消えにくい知識に変容することになりましょう。 つまり、その【柄】や【医師】等の子供たち自身が持つ各々の仲間との連携も絡んでくるの…

《 “言葉の孤独死”早すぎましょう 》

《 “言葉の孤独死”早すぎましょう 》 〔見物人〕の知識について、もう少し吟味してみましょう。 見たもの、聞いたもの等をそのまま、あるがまま無意識に受け入れますから、「これは、こうだ」で終始しがちになりやすいのですね。 ですから、「こうでもある」し、「あーでもある」という展開がないのですよ、所詮は見物人ですからね、「こういう可能性もありそうだ」、「待てよ、そこに背理や矛盾がないものだろうか」という…

《 “見物人の知識”とは! 》

《 “見物人の知識”とは! 》 〔見物人〕ですからね、仕入れる知識も見たまま、聞いたまま、字面のままで受け入れますから、個人の情感が入り込まないのです。 その例を挙げてみましょう。  〖例1〗、【蒲】と【捕】、【葡】、【舗】等が〖甫〗の仲間だとは、殆どの人々が気づいておりません。学校で“偏や旁でくくる”という習得の仕方で覚えて以来、それから抜け出しえないからですね。また、【近所】と書き綴っていなが…

《 〔Bタイプ〕は、この世の見物人 》

《 〔Bタイプ〕は、この世の見物人 》 〔Bタイプ〕には、もう少し積極性が加わります。 世の中の物々事々を学び、見聞を広げようとする意識はシッカリしておりますから、“この世の見物人”という位置づけにしてあります。 ですが、博識にはなりましょうが、型通りな知識の仕入れ方を踏襲しておりますからね、その品質に高さは望み得ないのですよ。 既知の事柄との連携が弱い“孤独な知識”に留まってしまう、ということで…

《 〔Cタイプ〕は、この世の素通り人 》

《 〔Cタイプ〕は、この世の素通り人 》 前回、“Cタイプ = イベントの素通り人”と表現しましたね。 つまり、〔Cタイプ〕は“この世の通行人”のような存在になってしまっているということですよ(奇妙な言い方に思えましょうが、私は至って真面目です)。 散歩に例えて言うならですね、道端の草むらが視野に入ったとしても“広げられた植物図鑑をボンヤリ眺めて歩くだけのような人生”を送っているというわけですよ、…

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