円周率世界記録を達成した原口證が、自らの人生経験から得た教訓やコツについて、書き綴るページです。

病気で苦しんでいる人に

闘病中の人に 病気で苦しんでいるお人に何らかの言葉を頼む、との依頼がありました。ずい分と長い闘病生活の日々だそうです。 どうでしょう、一つ提案があります。お試しくださるとあり難いのですが。 病歴といいますと、高校生の頃に蓄膿症の手術入院をした経験のみの私には貴方さまの辛さ苦しさを的確には掴み得ぬだろうことを承知で述べますので、ご理解願います。その上で敢えて申します、それでも私には導きの経験がありま…

座禅会に参加したとて

人生訓 親戚の知人が有名な寺に座禅修行で入山することになったそうです。 私は座禅には懐疑的です。あの結跏趺坐(けっかふざ)や半跏趺坐なる足組みが理解しかねるのです。あれは足の長いインド人になら体の傾きを防ぐのに効果があるのです。背の低い日本人は胡坐だけで十分なのに大事な修行の期間が足の痛みに慣れ切るために使ってしまっては何ともモッタイナイ。 それに深山幽谷で修行したって大して意味がないようにも思え…

人の罪やミスを責め立て過ぎてはなりません

人生訓 あるコンビニ店で見かけた光景です。 店長が万引きしたとて初老の男性を盛んに責め立てていました。それを目にして気の毒に思った人も多いかったことでしょう。 万引きが多い。それで立ち行かなくなった商店も多いそうです。 でもですね、相手の犯した失敗をトコトン責め立てて完膚(かんぷ)なきまでに貶(おと)めてはいけません。あなたは気持ちよく溜飲を下げただけでしょうが相手には羞恥や惨めさだけでなく復讐心…

指示に叱咤を加えちゃ結果は不味い

人生訓 部下や生徒や練習生に指示する側はとかく居丈高になりがちです。指示通りに動かなければ叱ります、怒ります、脅します、無能呼ばわりします、終いには実力行使に出るのです。 これでは指示される側は堪(たま)ったものではありません。心を傷め、鬱になり、果てには神経症や精神病患者へとエスカレートすることとなってしまいます。 社会観察 叱咤(しった)し続けて他人の心を傷つけたのなら最早それは犯罪です。更に…

他人に頼み事をするには

人生訓 皆さん他人に何かをやって欲しい時は大体に於いて反対の結果を生むようなやり方を採っております。 先ずは指示し、上手くできなければ叱り、怒り、罵倒し、無能呼ばわりして終には実力行使に出る。いずれも自分の言葉に発奮して効果を上げることを期待しての言動なのだが結果は逆と出る。こんなやり方に相手は発奮するどころか反発心だけ強めていくからです。 社会観察 人に何かを依頼する際は次の手順を踏んでみてくだ…

タバコ依存症者を正しく導くには

人生訓 ヘビースモーカーの主人に辟易(へきえき)している一家があります。奥さんはもとより親戚友人だれもが止めさせたくて、煙草はいかん、ついには命を落とす、周りの皆にとって大変な迷惑だ、意思がこんなに弱いとは呆れたもんだ、とガーガー攻め立てます。 でも、これでは逆効果です。ここで折れては沽券に関わると意固地になって益々強気になる一方です(真実は、周囲の人々にそのように思わせることで禁煙できない弱さを…

人間は何故病気になるか

人生訓 人間は病みます。病気に罹(かか)ります。何故でしょうか、なぜ病に苦しまなければならないのでしょうか。……それは、我が身の価値を知らないからです。無価なす宝珠の貴さ知らないからです。知らないために、日々の扱いが雑過ぎます。我が身の処置を軽んじ過ぎるのです。   なんだか妙だと体の不具合を医師に問います。「病気です。体の防衛機能が働きません」と医師が言います。でもですね、それって私には逆に見え…

怯みや臆する心を積極的に受け入れれば人間の成長は早くなる

人生訓 怯みや臆する心を積極的に受け入れれば、我々はぐんぐん成長します。最初の一歩の立脚点が確保できればドンドン進む。人間は向上心の塊だから。 怯みや不安は克服しょうとするものの対象ではありません。負けるな怯むなと無理強いした状態では必ず心に歪を残しているものです。それ等に”打ち勝つ”のではなく受け入れて欲しいのです。それ等を感じない一歩目からスタートしてくれと身体が訴えているのです。自らを破壊か…

臆病者、卑怯者といわれても恥じるべきことではりません

人生訓 お前は臆病者だ、卑怯者だと後ろ指を差されて学校に行けない、出勤できぬと引きこもってしまう人がいます。それは気の毒です。でも、臆することや怯みは決してマイナスに見られるべき事柄ではありませんのです。人間の持つ防衛機能のなせる技なのですから。 私は小学生の頃、跳び箱が飛べなかった。それ以降も試してはいないが今でも多分飛べないでしょう。箱の先端の角で尻餅をついて傷めるのではないかと不安だったので…

2割を譲って8割の人生を

人生訓 「無益な殺生はいかん」と坊主や司祭に牧師と皆言いますが、人間は誰でも安直に殺生をしているものです。食するものは、ハナッから命を摘み取るために生かしておいた動植物であり、日常アリなどの小動物を踏みつけずに居られることなど皆無です。そんなわけで、普段から些(いささ)かの罪悪感を持って謙虚な気持ちで暮らすのが良い。謙虚であれば謙譲になる。”譲る”行為が身に馴染み出すのです。我欲の抑制が効くように…

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