円周率世界記録を達成した原口證が、自らの人生経験から得た教訓やコツについて、書き綴るページです。

45、天命に沿って生き抜けば大事を成しやすいのです

45、天命に沿って生き抜けば大事を成しやすいのです  そんなわけですから、このような”天命に沿って生き抜く人生”を持つお人におい ては、何事であっても「大事を成す可能性」が高いのです。そして更にはその可能性 も”すこぶる付きの高さ”なのでした。  今日のまとめは、  『凝っている人の可能性は実果が成りやすいのです』 …

44、”「凝り性」のお人”ひた向きです

44、”「凝り性」のお人”ひた向きです  「凝り性」となったお人は、その対象となる物事にひた向きに且つ純粋に向き合っ ているものですから他人を意識しません。自転車を乗りこなすことに夢中になってい るのと同じですから、他人の目を気にしませんのです。自分の技能を他人と比較しま せんから、何時しか世間的なレベルをはるかに凌駕していても気付かないのですね。  我が技能を他人と比較するお人は世間的レベルを超…

43、”凝る魂”は完璧を望みます

43、”凝る魂”は完璧を望みます  「凝り性」となったお人は瑕疵(かし)を嫌います、完璧を望むのですよ。  未完の状態には常に違和感を覚えて補完しようとしますのです。もちろんこの世の 事柄に”完璧な状態はありえない”のですから、いつも向上を求める姿勢が常態とな りましょう。成長することが日常のこととなるのですね。  こんなような日常を持つお人には、必ず大きな結果が待っています。多大な実績が もたら…

42、結論は”自分の能力に凝ること”です

42、結論は”自分の能力に凝ること”です  ここまで述べてきて、ようやっと結論に至りました。  つまりは、自分の能力に凝ることです。「伊能忠敬さん」や「東山魁夷さん」のよ うに、持っている能力を使いに使い、凝りに凝って凝り切らんまでに凝るのです。凝 り性になるのですよ。  人生を掛けて我が内なる天与の能力を活かし、利用し、発展させて、とその死の直 前まで凝っている対象を考究し尽くすことこそが”天命…

41、成長する魂

41、成長する魂  ”自分の成長に凝る”精神は死にません。肉体は衰微し滅んでも、”凝る心神”は 滅びませんのです。「東山魁夷さん」や「平山郁夫さん」、「伊能忠敬さん」等のよ うに”凝りの性質(つまり、凝り性です)”を維持したまま死を迎えた精神はそのま ま生ける魂として進化する人類の礎や基盤となって活き続けます。人類の進化、活性 化に寄与する形で永遠に活き続けることになるのでした。  「昇天する魂」…

40、自分の内なる能力の引き出しに凝ったのです

40、自分の内なる能力の引き出しに凝ったのです  これです、この姿です、こんなような活性感なのです、私が主張しているのはです ね。”自分の内なる能力に凝(こ)っている”状態を指して言っているのです。  練習している時というものは、自転車を乗りこなそうとする自分の能力そのものの 発揮と、更なる成長、発展に純粋に取り組んでいるのですね。  こんな時こそが「個の部分」に純粋ということなのです。こんなよう…

39、自転車に乗れるようになろうとした努力は純粋でした

39、自転車に乗れるようになろうとした努力は純粋でした  もちろん皆さんの誰もが自転車に乗れるようになるまで繰り返し繰り返し練習した はずですね。チョッと思い返してみて欲しいのです。その時って随分とひた向きな姿 勢だったのだはないでしょうか。乗りこなすことに向かって真っ直ぐで余念がなかっ たはずです。  その時には乗れないのではないか、なんてマイナスな思考はなかったはずですし、 練習している姿がカ…

38、自転車乗りの練習が「個の部分に凝る」ことのよい例です

38、自転車乗りの練習が「個の部分に凝る」ことのよい例です  さて、では、その”自分の使い方、使い道、能力の用い方”とは如何なることかを 具体的に述べて欲しい、それが明示されなければ分からないではないかよ原口よ、と 読者の皆さんの誰もが問いかけておられましょう。  では、お答えします。  皆さん、「自転車乗り」の練習をしましたね。私も人がスイスイ乗り進むのを見 て、幼児の頃からあこがれたものです。…

37、「個の部分」の可能性は無限なのです

37、「個の部分」の可能性は無限なのです  でも、そうは述べましたがしかし、その使い方、使い道にこそ無限の可能性が潜ん でいるように私は思えてならないのです。「伊能忠敬さん」の商人としての業績や測 量技師としての功績がその道筋を辿ることで得られたものであることは間違いのない ことなのですからね。そしてまた、世の偉大な人々の残していった過去の数々の芸術 や科学方面での遺産だって、かの「にわか農民」の…

36、「個性」とは自分自身の能力に凝ることです

36、「個性」とは自分自身の能力に凝ることです  さて、論がここまで進んできて私はようやっと「個性」とは何か、「個の部分」の 本質とは何かということを明確に述べ始めることができるようになりました。何せ、 一般的な意味合いで使われている「個性」というものをもう少し哲学的に論及する必 要が私にはあるものですから。  さて、つまり「個性」とは、”自分の能力の使い方”なのです。  人間の持っている能力とい…

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